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「水素酸素吸入でがんを克服」という不思議なお話。ニセ医学・疑似科学バスターの体験レポート

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ある朝コーヒーを飲もうとダイニングテーブルにつくと目の前に「”しあわせ”のおたより 真実の物語」という紙が目に入りました。「癌をのりこえて 奇跡の生還」というサブタイトルですから、目を通さないわけにはいかなくなります。

ニセ医学の香り漂う「水素酸素吸入で奇跡の生還」がんが治っちゃった??という手紙

内容は胃がんで受診した時点で肝臓・肺・リンパ節への転移があり、医師からも見放された東京在住65才の男性が低速ジューサーの野菜ジュース(あのコールドプレスジュースですね、多分)と酵母菌の飲み物(酵素じゃなかったw)と複合菌(意味不明ですが、乳酸菌等複数の菌を摂取する健康法か?)に加えて

水素酸素吸入でがんを克服した

という驚きの体験談が記されていました。

ご自身が体験された「がんの克服」を奇跡の生還と名付けて多くの人に伝えたい、との純粋な気持ちからのものであればいいのですけど⋯。なんとはなしにニセ医学の香りが漂ってきます。

この体験記ちょっと変です。例えば440あった腫瘍マーカーが40まで下がった、とあります。胃がんの腫瘍マーカーとして使用されるCEAは5.0ng /ml以下です。ひょっとしてCA-19-9としても37U/ml以下ですので、正常値には入っていません。

7月に胃がん、それも多臓器転移のあるものと診断されて、10月には肺転移巣もだいぶ小さくなり(談)、リンパまで回っていた癌の数値も下がっていました(これも意味不明)。病態を自覚していないのか、あるいはバックりニセ医学信者さんになってしまったのか?

素人の方がご自分のがんを克服した体験記を人に伝えたい❗という気持ちがこもっているものを医師が上から目線で医学的じゃない表現にケチをつけるつもりは全くありません。実はこれ

完璧に広告でした❗最後に「水素酸素吸入器に心から感謝しています」

って書いてありましたので。

そこで不思議ながん治療器「酸素水素吸入器」について考えてみますね。

酸素➕水素って水じゃん??

酸素と水素を合わせたら単に「水」じゃないの、という方はニセ医学にも騙されることはないでしょう。しかし、ニセ医学・インチキ科学バスターを第二の仕事と考えている私としては放置はできません。最初に「酸素+水素」を使った強力なバーナーが頭に浮かびました。バーナーってこんなのが多いですよね。

www_sunwell_co_jp_pdf_sw-122-125_pdf

水素と酸素の混合ガスを利用したバーナーです。

しかし「しあわせのおたより」にある酸素水素吸入器は予想とは違い、想像を絶する全く意味不明のものでした、多分これだと思います。

画像

他にも類似の水素酸素吸入器はあるようですが、基本的な考えとして「水素と酸素」を同時に吸入すると、健康に良い、ということですね。

そもそも水素が病気を治すのか?という素朴な疑問

水素水が体に良い、との話からさらに水素を直接吸入した方が効果があるんじゃないの的に考案された健康機器と思われます。さらなる効果を期待して水素オンリー吸入すると、当然酸欠で死亡しますので、酸素はマストアイテムだったことが想像できます。じゃあ、

水素は健康に良いの?がんも治しちゃうの?

との素朴な疑問が湧いてきます。人間の体の60パーセントは水が占めていますので、水と病気、水と健康は強く関連する気もしますが、果たして特別な水ってあるのでしょうか?

水素水が体に良いのは活性酸素を除去するからとの理論の危うさ

をしっかり知ってもらいたいのです。

日本医大の太田成男先生が水素が活性酸素を還元してた研究が理論的背景になっています。その論文は「Hydrogen acts as a therapeutic antioxidant by selectively reducing cytotoxic oxygen radicals」としてNature Medicine (Nature Medicine 13, 688–694 (1 June 2007) )に掲載されていますので、トンデモ系ではないはずです。

でもこの研究はあくまで研究段階なんです。だって対象はラットの神経細胞だけですから。

酸素+水素=水、水素酸素吸入装置って、整水機を気化しているだけのような⋯

水素水が抗酸化作用を持っていて、人体に何かの影響、それも多くは良い影響があることを否定するだけのネタは現在持ち合わせていません。水素は落ち着きのない物質なので、果たして水素水と称される特別な水の中に十分な量の水素が閉じ込められている可能性はかなり低いと考えます。

そうすると直接、水素を吸入する水素酸素吸入器の折り込みチラシ「しあわせのおたより」の65歳の胃がんの男性はたっぷり水素を体内に取り入れることが可能だったのでしょうね。

一方、浄水器、特にアルカリイオン整水器などと称されるものは厚生省が薬事を通しています。陰極では水素そして当然陽極では酸素が発生しますので、これも酸素水素発生装置にもなります。

水素酸素吸入装置+アルカリイオン整水器を利用した水素水を使用したら、65歳の胃がんの男性の体調はさらに回復することが可能かもしれません。

余計なお世話かもしれませんが、がんの場合ナチュラルキラーセルというがん細胞を退治するリンパ球が大活躍をします。この時、ナチュラルキラーセルはヒドロキシラジカルという超強力な活性酸素によってがん細胞を退治するので、

体中の活性酸素を全く無くすと人体に備わった防衛システムを破壊する可能性も否定できません

との考え方もできますので、水素は健康に良い、がんを治してしまう、と結論付けることは時期尚早と考えたほうがよろしいかと。

ニセ医学関連の体験レポート ニセ医学・疑似科学「医師が薦める健康住宅」??トンデモさんに協力してしまったの巻

追記:後日、お手紙を送ってくれた方とリアルにお会いしました。ご主人を亡くして事業を継承した非常に上品かつ純真な方でした。業績の先行き不安であった時にこの装置の販売を勧められたそうです。お土産として、「水素水が発生する入浴剤」をいただき、入浴時に使用しライターで着火しましたが、何にも起きませんでした。

あの時、「騙されていますよ」とはっきりとお伝えしなかったことが悔やまれます。会社が今でも成り立っているのか、数年たっても怖くて調べる勇気が出ません。

著者プロフィール

桑満おさむ(医師)


このブログ記事を書いた医師:桑満おさむ(Osamu Kuwamitsu, M.D.)

1986年横浜市立大学医学部卒業後、同大医学部病院泌尿器科勤務を経て、1997年に東京都目黒区に五本木クリニックを開院。

医学情報を、難解な医学論文をエビデンスとしつつも誰にでもわかるようにやさしく紹介していきます。

桑満おさむ医師のプロフィール詳細

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